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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)2330号 判決

原告 中島勇次郎

右訴訟代理人弁護士 三根谷実蔵

同 中村忠純

同 斎藤治

被告 株式会社 中部経済新聞社

右代表者代表取締役 三宅兼松

右訴訟代理人弁護士 浦部全徳

同 宮文弘

主文

被告は原告に対し金一〇、〇一〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三八年一一月一五日以降完済まで年五分の割合による金員を支払うべし。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担、その余を原告の負担とする。

この判決は、第一項に限り、原告において金二、五〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

第一、約束手形金請求について

一、原告が別紙手形一覧表(1)ないし(42)記載の約束手形(金額合計三八、七六一、〇〇〇円)を現に所持することは当事者間に争がない。

二、しかし、右各手形の振出人欄の「株式会社中部経済新聞社東京支社、支社長松本順」の記名押印が、被告会社東京支社長松本順自身あるいは右記名押印の代行権限を有する訴外丹羽三郎(右支社員)によってなされたことについては、いずれもこれを認めるに足りる証拠がなく、かえって、≪証拠省略≫を総合すると、右記名押印はいずれも訴外丹羽三郎(昭和三五年七月二五日までは右支社総務課長兼販売課長、同日以降は該役職を解かれ支社長付)によってなされたものであるが、同人には右支社総務課長等の役職在職当時もその以後も同支社長松本順に代って右各記名押印をする権限はなく、右各手形のうち、(1)ないし(3)の手形は同人が被告会社東京支社長の印を盗用し、(4)ないし(42)の手形は同人が同支社長の印を偽造したうえ該偽造印を使用し、それぞれ勝手に偽造したものであることが認められるから、右各手形が被告の振出にかかるものであることを前提とする原告の本訴請求は理由がない。

三、また、原告は、原告につき民法第一一〇条の表見代理の成立を主張するが、同条の「第三者」とは手形行為においては手形行為の直接の相手方をいうものと解するのを相当とするところ(昭和三六年一二月一二日最高裁判所第三小法廷判決参照)、本件において振出人の直接の相手方は訴外株式会社双輪社であって、原告ではないから、原告の右主張もまた理由がないというべきである。(なお、証人丹羽三郎、同国司昭司の各証言を総合すると、右双輪社は本件各手形が前記丹羽の偽造にかかるものであることを察知していたことが認められるから、本件においては、右双輪社についても右法条の表見代理の成立が認められない。)

四、なお、原告は、民法第一一二条の表見代理の成立を主張するが、同条の表見代理は代理人にもと代理権が存していたことを前提とするものであるところ、本件において前記丹羽には本件各手形作成以前(同人が総務課長等の役職にあった当時)にも記名押印の代行権限のなかったことは前示認定のとおりであるから、右主張もまた採用することができない。

五、したがって、原告の被告に対する約束手形金請求は理由がない。

第二、損害賠償請求

一、(丹羽の不法行為と原告の損害)

≪証拠省略≫を総合すると、

(1)  原告は、個人として金融業を営むほか、金融を目的とする訴外株式会社入中本社の専務取締役であること、

(2)  原告(個人)は、訴外株式会社双輪社から本件各手形の割引依頼を受け、別紙手形一覧表「上記手形の割引関係」欄記載のとおり、これを昭和三五年八月四日から同年一一月三〇日までの間六回にわたり割り引き、右表「割引交付金」欄記載のとおり合計金二七、九九〇、〇〇〇円の割引金を右双輪社に交付したこと(右表「割引金額」欄の合計金額二七、九八九、八四〇円とあるのは二七、九九八、五五六円の誤記と認める)、

(3)  右割引交付金は、右表(15)記載の手形の分を除き、いずれも原告が双輪社に交付したものであり、右表(15)記載の手形の割引交付金は、原告があらかじめ訴外湯村(前記株式会社入中本社常務取締役)に金員を渡して置き、同人より双輪社に交付させたものであること、

(4)  原告が右表(15)記載の手形の割引交付金を湯村をして交付させたのは、原告は昭和三五年九月二二日から外国に旅行することになったが、旅行出発直前双輪社から原告旅行期間中も緊急の必要がありうるので約一、〇〇〇、〇〇〇円程度の手形割引を認めてもらいたい旨懇請され、これを承諾していたためであり、原告は同年九月二二日から同年一一月一一日までの間外国に旅行し、日本に不在であったこと、

(5)  原告は、本件各手形の割引をなすに当り、双輪社代表取締役の国司昭司から、「この手形は双輪社が被告会社に売り渡した外国ニュースの代金の支払のため振り出されたもので、真正な手形であることは間違いない」旨の説明を受け、被告会社の経理担当社員と称する訴外丹羽三郎からも二度(初めは昭和三五年八月初め電話で、二度目は同年九月原告が前記旅行に出発する前丹羽および国司が原告のため設けた送別夕食会の席で。)同趣旨の説明を受けたので、これを信用し、本件各手形が真正に振り出されたものと信じて割引依頼に応じたものであること、

(6)  本件各手形上に存する国司昭司の裏書は同人が双輪社の原告に対する手形債務を保証する趣旨でしたものであることの各事実が認められる。右認定を左右するに足りる証拠はない。ところで、本件各手形がいずれも訴外丹羽三郎の偽造発行にかかるものであることはさきに認定したとおりであり、弁論の全趣旨によると原告は偽造手形なることを理由に被告から本件各手形の支払を拒否されていることが明らかであるから、原告は、丹羽の右偽造行為により、前記出捐にかかる割引交付金合計二七、九九〇、〇〇〇円と同額の損害をこうむったものといわなければならない。

二、(偽造行為の時期)

(一)  別紙手形一覧表ないし(15)記載の手形は、いずれも、昭和三五年一〇月四日以前の日を振出日とし、かつ、同日までに割引を終ったものである。したがって、右手形がいずれも同年一〇月末日以前に偽造されたことは明らかである。

(二)  右表(26)ないし(32)記載の手形は、いずれも昭和三五年一一月一〇日を振出日とし、同年同月一六日に割り引かれたもの同表(33)ないし(42)記載の手形は、いずれも同年一一月二九日を振出日とし、同年同月三〇日に割り引かれたものである。したがって、右手形はいずれも同年一一月一日以降に偽造されたものと認められる。

(三)  右表(16)ないし(20)記載の手形はいずれも昭和三五年一〇月五日を、同表(21)ないし(25)記載の手形はいずれも同年一〇月三一日を振出日とする。しかし、右手形は、さきに認定したように、いずれも同表(26)ないし(32)記載の手形と一括して同年一一月一六日に割り引かれたものである。そして、≪証拠省略≫を総合すると、双輪社は、丹羽が本件各手形を偽造するや、その偽造手形なることを察知しつつおそくも数日後これを一括して原告のもとに持ち込み、その割引を受けていたことが認められるから、他に特別の事情の認められない限り、右表(16)ないし(25)記載の手形は同表(26)ないし(32)記載の手形と同じ時期に偽造されたものと推認するのを相当とする。(手形上に記載される振出日が実際の手形作成日と必ずしも一致するものでないことは手形取引の実際に徴し明らかであるから、手形の実際の作成日を認定するにつき手形上の振出日の表示を特に重視すべき理由はない。)ところで、本件においては、全証拠によるも、右特別の事情が認められない。(ことに、原告が昭和三五年九月二二日から同年一一月一一日まで外国に旅行し、日本に不在であったことはさきに認定したとおりであり、≪証拠省略≫によれば、丹羽および国司は右期間中原告が右旅行中である事実を充分に知っていたことが認められるから、右表(16)ないし(25)記載の手形が原告の不在の同年一〇月中偽造されたものとすれば、国司がこれを原告以外のところで割り引く当てがあったとかの特段の事情があるべきはずであるのに、本件においてはすべての証拠によるもそのような事情は認められない。この点は、原告不在中に偽造され、割り引かれた右表(15)記載の手形につきさきに認定したような特別の事情が存していたことと対照し、大きな相違がある。したがって、右表(16)ないし(25)の手形は、(26)以下の手形と同様、昭和三五年一一月一日以降偽造されたものと推認すべきである。

三、(被告の使用者責任)

≪証拠省略≫を総合すると

(1)  被告会社は、日刊新聞紙の発行を目的とする会社で、名古屋市に本社を、東京都に支社を置いているが、東京支社の機構は、編集部、営業部および総務課の二部一課より成り、営業部内には、販売課および営業課が置かれていること、

(2)  昭和三五年秋当時、右支社には支社長ほか二四五名の社員が勤務していたが、総務課には、総務課長一名および女子社員一名の二名しか配置されておらず、同支社の経理事務は総務課がこれを担当処理していたこと、

(3)  訴外丹羽三郎は、昭和二八年四月右支社に入社し、昭和三〇年一〇月総務課長、同三二年兼販売課長をそれぞれ命ぜられたが、次に述べるような事情で昭和三五年七月二五日付で右役職をいずれも解かれ、爾後支社長付として右支社の業務に従事していたが、同年一一月一日懲戒停職一か月の処分に付され、業務に従事することを止められ、同年一二月一日解雇されたこと、

(4)  右訴外人は、総務課長(昭和三二年以降は販売課長をも兼務在職当時、右支社の経理事務一切(広告料、販売代金等の入金に関する事務および右支社のなす諸支払に関する事務。手形の発行に関する事務を含む。ただし支社長振出の手形の記名押印の代行権限はない。)を担当していたが、昭和三五年七月下旬、支社長に無断で訴外株式会社双輪社ほか二社に支社長名義で多数の融通手形を発行していた事実が発覚し、同月二五日付で総務課長兼販売課長の役職を解かれ、支社長付を命ぜられたこと、

(5)  しかし、右融通手形については双輪社代表取締役国司昭司が毎月一、〇〇〇、〇〇〇円宛て被告会社に弁済する旨申し出たため、被告会社はその振出を追認し、書替手形(改印した支社長印使用)を発行することとして事後処理をすることになったが、これに関する事務は従来の経緯を知る右丹羽に行わしめ、同人は爾後前記懲戒停職に付されるまでの同年一〇月末日までの間継続してこれが事務に従事していたこと、

(6)  右事後処理の事務は同年一〇月末に一段落したので、被告会社は同年一一月一日丹羽を前記不正行為を理由に一か月の懲戒停職処分に付し、同人は爾後被告会社の業務に従事することを許されず、翌月一日には解雇されたこと、

の各事実が認められ、他方、原告本人尋問の結果(第一回)によると、原告は、昭和三五年七月初頃双輪社代表取締役国司昭司から被告会社東京支社の経理担当社員として丹羽三郎を紹介され、その後、同年八月初め被告会社東京支社長振出の手形の件につき同支社に電話したところ丹羽が応答し、さらに同年九月原告が外国旅行に出発する前国司と丹羽が原告のため送別夕食会を催し、その席上丹羽が右支社の手形につきその真正を保証する旨言明したことがあったことなどから、本件各手形の割引をする期間中丹羽が右支社の経理事務を担当する者であることに疑いを抱かず、外観上丹羽が経理事務担当社員であると見えた事実が認められる。右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

右認定の事実からすれば、(一)本件各手形が偽造された昭和三五年八月初めから同年一一月末までの間、被告会社と丹羽三郎間に使用関係が存していたこと、本件各手形の発行が被告会社の事業の範囲に属していたことは明らかであり、(二)同年一〇月末までは本件各手形(別紙手形一覧表(1)ないし(15)記載のもの)の発行は右丹羽の職務の範囲に属していたものと認めることができる。したがって、右一〇月末までに行われた右表(1)ないし(15)記載の手形の偽造は、被告会社の事業の執行につきなされたものというべく、被告はこれにより原告のこうむった損害(右各手形の割引交付金の合計額である一〇、〇一〇、〇〇〇円と同額)を原告に賠償すべき義務があるといわなければならない。(証人国司昭司の証言によると、国司は原告から交付を受けた割引金を丹羽と分け合って使用したことが認められるので、丹羽の右各手形偽造はその地位を利用し私利を図ったものというべきであるが、この事実は右認定を妨げるものではない。)しかし、(三)同年一一月一日以降の本件各手形(右表(16)ないし(42)記載のもの)発行は右丹羽の職務の範囲に属していたものとは認められないので、同日以降行われた右表(16)ないし(42)記載の手形の偽造は被告会社の事業の執行につきなされたものと認めることはできず、したがって右各手形による原告の損害については被告は、使用者としての責を負わないものというべきである。

四、(過失相殺の主張について)

証人松本順の証言によると、被告会社東京支社は丹羽の不正行為にかんがみ昭和三五年八月三日手形に押捺する支社長印を改印し、爾後振り出す手形には新印を使用したことが認められ、本件各手形のうち別紙手形一覧表(4)ないし(42)記載の手形の振出人欄に押捺されている支社長印がいずれも丹羽三郎の偽造にかかるものであることはさきに認定したとおりである。そして、原告本人尋問の結果(第一回)によると、原告は右各手形に押捺されている支社長印の印影がそれ以前に取得した手形(右表(1)ないし(3)記載のものなど)に押捺されている支社長印の印彰と相違していることに気付かなかったというのである。しかし、原告本人尋問の結果(第一回)によると、原告は昭和三五年八月以降本件各手形(右表(4)ないし(42)記載の手形)のほか、被告会社が東京支社長名義で真正に振り出した書替手形(前段(5)記載のもの)をも取得したが、右手形に押捺されているのはいずれも改印後の印で、これまた旧印(右表(1)ないし(3)記載の手形に押捺されているもの)とは異なっていたこと、しかも右書替手形は順次決済されたことが認められるのであって、この事実に、さきに認定した原告が当時丹羽の言を信用し本件各手形の真正を疑っていなかった事実をあわせ考えると、原告が本件各手形の印影につき被告会社東京支社長に照会しなかったことはいまだ原告の過失と認めるに足りない。被告の主張は理由がない。

五、よって、原告の本訴請求は、被告に対し、前記損害金一〇、〇一〇、〇〇〇円およびこれに対する請求の日(昭和三八年一一月一四日附原告の第六準備書面が被告に到達した日)の翌日であること記録上明らかな昭和三八年一一月一五日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を請求する限度においては正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大内恒夫)

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